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戦後73年。「戦争はイヤ」
いつまでも戦後であり続けたい

2018/10/17

特攻の基地・知覧の旅⽇記
語り部さん朗読に涙…

「戦争は⼆度とあってはならない」の思いさらに強く
 今年3月27日、家族旅行として知覧行きに同意したものの、内心では「戦争色が濃い所へ行くのはあまり気が進まないわ」と思っていました。当日、私たちはJR鹿児島中央駅で降り、息子が運転するレンタカーで知覧特攻平和会館に向かいました。
 車窓から見える鹿児島の町は、榔子の木が立ち並び、まるで、南国の島へ来たようでした。だんだんと目的地に近くなると、道路の両側には数多くの灯龍が並び、それらに導かれるようにして、平和会館に着きました。付近一帯の公園は、満開の桜並木で、とても心が和みました。
 会館の中に入るとすぐに戦闘機の飛び立つ映像が目に飛び込んできて、ドキッ!と立ちすくんでしまいました。さらに足を進めると、若い特攻隊員さんの遺影がズラーッと並んでいます。特攻戦死された隊員さんは1063人、多くは17歳から20代前半の若者たちであったと記されています。そして、展示の遺書や遺品の数々、破損した戦闘機には、体が震えました。また、視聴覚室では、語り部さんから、「最後の手紙」の朗読があり、「お母さん、お元気で…」これには、もう涙、涙、涙…でした。
 そして、私が最も印象に残っているのは、結婚を約束した特攻隊員さんと婚約者の出会から別れまでの長い長い手記です。
 どうして?これもお国のためですか。怒りを感じ、本当に胸が押しつぶされそうになりました。
 私は、子供の頃、両親から戦争の怖さや悲惨さを聞いていましたので、戦争は二度とあってはならないと思い続けてきましたが、今回の旅行でさらにその想いは、強いものになりました。
 安心してご飯を食べて、誰かとおしゃべりして笑いあう、そんな毎日がずっと続きますように、願っています。

近藤尚子

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